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アイミグレーション

2019/03/23
かねてより音楽プレーヤーはwalkmanを使い、携帯は泥の民だった私ですが、この度アイの国に移民してみたところ、カルチャーショックで四回くらい心停止、すなわちIDeadしててウケるので記事にしようと思いました。

以下に俺が心停止したポイント、すなわち心停止ポイントを時系列順に列挙していこうと思います。

・急に関係ない話してくる
しょっぱなからめっちゃ説明しにくくてあれなんですけど、初期設定中にユーザー情報を個人特定しない範囲で使っていい? みたいなのにいつも通りNOを突きつけようとして「詳細をカスタマイズする」みたいな選択肢推したら突然「iPhoneをアップデートしますか?」と言われて「今その話してなくない??」と心停止してしまった。一瞬マジでめっちゃ混乱したけど、なんかアップデートを行うを選んだらその後に情報提供うんぬんの話が出てきたので大丈夫だったんだけどなんで途中で急にアップデートの話一回挟むの? 繊細な心の持ち主である俺は心停止してしまうのでやめてほしい。

・パスワード打ち込みがフルキーボード強制
項目名に書いた通りなぜかパスワード打ち込みがフルキーボード強制なのでめっちゃちっちゃい。パスワード入力で誤タップさせられまくるのかなり最悪の体験でウケました。なんでこんな仕様なんですか?(マジで理由がわからない)

・音量ゼロはサイレントじゃない
音量ボタンで音量ゼロにしたはずなのに通知音が鳴り響いてめっちゃ笑ったんだよな。ただこれはそんなに意味不明な話ではなくて、着信音とかは音量としては別枠になってるらしい。まあたしかにアプリの音量を変えることはあるし、その時に着信音まで音量が変わるのはかしこくないといえばかしこくないのでこの仕様の意味は分かる気がする。サイレントは端末横の物理ボタンで設定できた。

・謎のヘルスケアを強いてくる
ヘルスケアなる謎のプリインストールアプリがアンインストールできないばかりか非表示にすらできない。助けてくれ。

・アイコンの自由配置ができない
アイコンが勝手に左上寄せに整列されちゃうんですよね。スマホは右利きだと明らかに右下が使いやすいので配置が大事なデバイスだと思うんですがどうしてこういう仕様になってるんだろう……。そしてこれの解決策ないかなと思ってググったら無意味な透明アイコンを配置することで実質自由配置が可能になるという弥生時代くらいの回答を得て心停止しました。

・心停止ポイントじゃないけど、ブラウザの戻るボタンを常時表示できない
泥の端末ってどのアプリ開いてても常に下に「戻る、ホーム、タスク画面」の三項目がセットになったパネルが表示されてて、ここの戻るを選べば、基本的にどのアプリでも一画面前に戻る操作になってくれたんですが、アイの国にはこれがない。
ブラウザには似たようなパネルついてたりするんですが、そのパネルが常時表示じゃなくて下にスクロールしたときにしか現れてくれない。なので単に前のページに戻りたいときに謎の無意味下スクロールという一手間が加わってしまう。
まあ隠すのは画面広く使いたいからだというのはわかるんだけど、「パネルを固定表示する」って設定ができないんだよな。させろ。


以上です。

移行する前に調べてる時によく出てきた「IPhoneはカスタマイズの自由度が低い」という言葉の意味がこういう意味だとは正直思っていませんでした。なんというか、俺が上で列挙した困ってる部分は「カスタマイズ」の話じゃなくて「基本的機能、基本的人権」の話だと思ってたんですよ。だから「まあ泥でそんなに細かい設定した覚えもないし大丈夫だろう」と思ってしまった。

なんかフィクションで主人公が悲惨な境遇の人たちと行動を共にすることになって「俺が当たり前だと思って享受していたものは、全然当たり前なんかじゃなかったんだ……」みたいな気持ちになるやつを思い出しました。俺がカスタマイズどうこうじゃなくて基本的人権だろと思っていた部分はどうやらアイの国ではオミットされたカスタマイズ要素のようです。
あと、これはアイのイメージ戦略に見事にやられていたという部分もあると思いますが、あんなジョブズのドヤ顔プレゼンが有名なところから出てくるものが「透明のアイコン配置」なる解法を出してくる弥生時代文化圏だとは思っていなかったので結構びっくりしています。

逆に思ったより大丈夫だった部分の話をすると、Itunesの初使用ですね。
たぶん全然賢い使い方ではないけど、オラ、今まで音楽入れてたフォルダ読みこめ! ってやったら普通に移行できた。

まあ慣れればそんなに気にならなくなるだろう……、なるかなぁ……、なってほしいなぁ……という気持ちです。

おわり。

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ゲーム評論を読んだ話

2019/03/06
『プレイヤーはどこへ行くのか デジタルゲームへの批評的接近』という本を読みました。俺にとっては「日本」の「最近」のゲーム評論であるという点が食指の動いた理由ですね。あと近くの本屋にあった。

全体的に、納得するかどうかとかはともかく面白くはありました。どちらかというと時々単に全く興味のない話が挟まるのが個人的にはうれしくなかったかな……。

あとこれ竹本健治の息子さんも書いてるんですね。限界研にいるの知らなかったのでびっくりした。ウロボロスシリーズに出てきた竜ちゃんが今は限界研にいるとはね……。

以下各論に対する感想とかです。


【壁でできた世界―「死にゲー」からみるデジタルゲームの難易度論】
死にゲーの面白さはリトライの容易さによるグルーブ感であるという言語化はなかなかに適切なのではと感じた。難易度を上げることにより曖昧なプレイが許容されず、結果として命の価値が上がってしまい、生を保持せねばならなくなりグルーブ感が失われるケースについての言及も面白い。


【バトル・ロイヤル形式が抱えているルール上の問題点とその解決法について】
面白くないプレイが最適解となる状態はよくないから、システムは楽しいプレイが最適解となることを補助するべきだという至極まっとうな話を、ちゃんと真剣に話してくれているなという感じ。


【自律する〈増分〉と〈育成〉のゲーム―放置ゲーム論】
別に変なことは言っていないが、分類するだけ分類して何もしていないので「えっと、それで……?」みたいなところはある。クリッカー系をたたけば報酬が帰ってくるスキナー箱としての面白みとして語った論に対し、クリックせず放置だけで進むゲームはそれでは説明できなくない? と反論するのは正しいと思う。
ただ、個人的な雑感としては別に「選択」も必要な要素ではないのでは。全部勝手に植えてくれるなめこげーがあってもそれなりに面白いのではと思ってしまうんだけどどうなんだろうか。


【反転する原作―ゲーム化論】
これ面白かった。メディアミックスとしてのゲーム化の話なんだけど、まずゲーム化を「原作のキャラクター」を楽しむのか「原作の世界観、風景、環境」を楽しむのかで分けるところがうまいなと思った。


【リアリティ・ミルフィーユに遍在するVTuberたち―複数キャラクター同時プレイ論】
Vtuberがゲームやってるのってゲーム自体もある種のロールプレイだからロールプレイが二重化してて面白いよねって言いたいだけやんけ。やりたいのゲーム論じゃなくてVtuber論でしょ……。


【21世紀版「もの」への問い―「艦これ」と「FGO」を通して】
艦娘などに電子データに対し電子データではなくある種の存在としての重みを見るのはなぜか、みたいな話題自体は面白い。

結局艦娘に対しては轟沈というシステム的なロストが、(同種の艦娘を再度育成することでデータ的には同様の状態を回復できるとはいえ、)疑似的な死を内包していることに理由を求めるんだけど、そのあとFGOの話したときにサーヴァントにはそうしたシステム的な死が存在しないにもかかわらず、「突然他人にデータ触られてそのサーヴァントなくなったら悲しいでしょ」という語りでごまかしている(無理があるとは思っているのか、その喪失を想像したときの悲しみがシステム的な死の代理となっているとは明言しない)のはちょっともにょる。

全体的に、特にFGOに対する議論がめっちゃ怪しい感じするんですが、基本的にハイデガーの『ものへの問い』を前提としていて、用語法がかなりその本に依存しているっぽい(そして日常的な用語法として解釈するとかなり間違えそう)ので正しいのかどうか俺には判断できないんだよな。
ただレトリックでごまかして通り抜けてないかこれ、みたいなところが多く見えます。

あとソシャゲで「大きな物語」(ここでは第一部などの大きなストーリーを指し、それが完結を迎えたという形になっていることが特別視されている)をやったのはFGOだけだ! すごい! みたいな話してるんですけど、FGOのストーリーってそんなに特殊だったんですか? グラブルも一応蒼の少女編でアーカーシャ倒して話が終わったりはしてるんですけどその辺どうなんでしょう?


【デジタルゲームのむなしさと人生のむなしさ】
この人もあまりゲームの話してくれる気ないよなぁ……。話したいことの説明にゲームのイメージが便利なだけでは。

あとマリオを遊ぶときに「ピーチ姫を助けたい」と思っている人は少ない気がするよ。そこで望まれているのは「適切な操作に適切なレスポンスが返ってきて、それが最終的にクリアという形で結実して褒められること」なのでは。そしてこの「適切な操作に適切なレスポンスが返ってくる」がこの論における「現実的ストーリー」なのか「虚構的ストーリー」なのかは俺には判断がやや難しいけど、「現実的ストーリー」の方なんじゃないの。

現実的ストーリーどうこうってのはつまるところ、操作によってピーチ姫を救ったところで、現実に起きたことはピーチ姫の救出ではなく装置の電磁的状態の変化でしかなかったでしょ、むなしいよね、という風に語られているんだけど、操作ミスによりマリオがクリボーにぶつかって死んだときの「マリオがクリボーにぶつかって死んだという物語」は虚構的ストーリーだろうけど、「操作ミスにより機数を失った」はおそらく現実的ストーリーだよね?(初めの方で将棋における成りを現実的ストーリーとして例示しているので)
となるとマリオを遊んでいるプレイヤーの多くは現実的ストーリーを求めてプレイしてることにならないかな。というかそもそも、現実的ストーリー(電磁的状態の変化における成否の判定)を微塵も求めないのであればゲームではなく小説を読むべきだったということにならない?

いや、でもあれだよな。この論の中では、むしろゲームはこの「現実的ストーリー」と「虚構的ストーリー」を併せ持っているがために、「虚構的ストーリー」を求めたプレイヤーに最終的に「現実的ストーリー」が突きつけられてしまうことが問題だとしているんだからむしろこれで論がちゃんと通っているんだね。

俺が納得していないのはゲームのプレイヤーってそこまで「虚構的ストーリー」のみに傾いているのか? もともと「現実的ストーリー」、電磁状態の変化による成否判定をも楽しんでいるのではないのか? みたいな部分なので、つまり論ではなく論の前提に疑問があるということです。まる。

例示がマリオなのはプレイヤーが「虚構的ストーリー」を望んでいるという前提のもとでの例示としてはちょっと悪手なのでは。単に有名で伝わりやすいから選んだんだとは思うけど。

あと虚構的ストーリーに限らず現実的ストーリーもむなしいでしょ。サッカーは現実のボールを現実の身体で蹴る現実的ストーリーだと例示されているけど、終わった後に「なぜ、俺は三時間も無意味に球を蹴り転がしていたんだ……」という気持ちになるのは全然可能じゃん。それに対し「サッカーは純に現実的ストーリーから成り立っているがために、その現実的ストーリーをも無意味と断じる人間はそもそもサッカーを行わない。それに対してゲームは現実的ストーリー、虚構的ストーリーの両面を持ち、また現実的ストーリーは虚構的ストーリーの下に隠蔽されるために、虚構的ストーリーを求めた人間がいざ現実的ストーリーに立ち会ってしまったときに虚しさを覚える可能性がある」などと答えることは全然可能だと思うけど、プレイヤーってそんな馬鹿じゃないでしょ。ただの電子データだなんて、言われなくても知ってるよ。

でもあれなんだよね。この人これでデジタルゲームはむなしいって言った後、結局人生における情動のきらめきという「虚構的ストーリー」は脳内物質等の物理的やりとりという「現実的ストーリー」に裏打ちされていて、同様にむなしいよね、みたいなことを言って結論とするんだけど、こっちなら「これは脳内物質の物理的やり取りに過ぎない……これは脳内物質の物理的やり取りに過ぎない……ブツブツ」みたいなことつぶやき続けながら生きてる人はまあ一応少なそうだからいいのかもね。人生がむなしいといいたいだけなのにあまりする気もないゲームの話引っ張ってきたのが悪手なのでは。

なんだろうな、そもそもゲームのむなしさを明らかにしようとしてる時点でちょっとずれてませんか。それは暴かれるものというよりは前提じゃないですか。そうでもないですかね。


【記憶に触れること―『PRY』とタッチスクリーンの詩学】
未プレイのゲームに対する個別の論議なので、言えることがない。


【ディズニーツムツムとこれからのメディアミックス】
ディズニーのマルチ展開戦略の一つとしてのゲーム、ツムツムのありかた、みたいな話。


【「規則」と「約束」―『ストレンジャー・シングス』とゲーム】
未視聴のドラマに対する個別の論議なので言えることがない。


【パチンコのゲーム性の変遷―演出・ボタン・規制】
俺パチンコやったことないんですが(ギャンブルへの恐怖感が強い)、当たりや確変の確率の設定や、確変時のゲーム仕様がどういう狙いでどういうデザインがあるのかみたいな話は面白い。
一応パチンコ触ったことない人を想定して説明してくれてるんだろうなとは思うんですが、しかし日本語でパチンコのシステムを説明するのはなかなかに難しいようで、何カ所か勘で乗り越えてしまったところはある。

【不幸な未来も「ゲーム」が作るのか?―「ゲーム」と「政治」に関する批判的ノート】
なんかここで取り上げてるゲームに関する仮説はあまり実証的ではないんだけど、なんかそこのバックボーンにはプラグマティズムって言う実用主義みたいなものが通っていて、なんというかとりあえず仮説はいろいろぶち上げてよくて、その中から「実際に採用したときに最も理論として通りの良かったもの」を真理だと後に見なそうぜ、みたいな感覚があるようだから、単に「根拠が薄い」で非難するのはあまり有効じゃないかもね、みたいな話は「へー」と思った。
けど普通に悪口でもあると思うから反論したきゃ「根拠が薄い」で反論してもいいと思うけどね俺は。建設的な行為かとかは置いといて、事実かどうか怪しい悪口言われたらキレていいでしょ。だって悪口だし……。

ゲームとそれをめぐる価値観の変容(PCやフェミニズムの台頭)に対し、適当なことを言って自分たちの好きなゲームが貶められ、自由を抑圧しようとしているという、ある種のゲーマーの間にある敵対的な「気分」とやらについては、個人的にはかなり覚えがあるので納得するところ。

しかし読んでも「ゲーミフィケーション」の話って「ゲーム」の話ではなくないですか、という気持ちになるな。
もちろんゲーミフィケーションされた状況にはゲームと同類の楽しさが存在するわけだけど、例えば政治手法としてのゲーミフィケーションは結局、ゲームの楽しさを模倣することによって、勝手に参加者が増えて行ってくれる点などで有効な手法であるというだけで、なんというか別に「ゲーマーを動員する方法」ではないですよね。
これまでゲームに触れていない人間だろうと、「行為に対して即座にリアクションが返ってくる上に、うまくやれば賞賛が返ってくる」という構造を楽しく思うことは自然じゃないですか。

それを、ゲーマーの間で起きた事件であるゲーマーゲートと、ゲーミフィケーション的に事件が拡大していったピザゲートを並記することによって、政治的手法の在り方の問題ではなくゲームという文化の在り方の問題だとみなさせようとするのは理屈が通ってるのか疑問に思ってしまう。

いや、違うな。なんか自分の中で整理してたらわかった気がする。俺が思ってた流れと逆なんだ。話の流れがゲーム→ゲーミフィケーションじゃなくてたぶんゲーミフィケーション→ゲームなんだね。
ゲーミフィケーションという政治的手法とそのパワーが明らかになったことで、同じ「楽しさ」で駆動しているゲームに、例えば特定の思想が織り込まれた時に半ば無意識にオルグされちゃうような危険性があるんじゃないの、みたいな話の向きなんだねきっと。でもって、ゲーマーという「文化圏」、たとえば「気分」だとかが存在するのは、そういう風に何らかの形でオルグされた結果ではないのかなみたいなことも示唆してるっぽい。だとしてもゲーマーゲートとピザゲートの並記による同一視の狙いはやや卑怯という感じはするなぁ……。でも全体的には納得しました。

いや、でも終わり際に『極言すれば、ここで問われているのは「ゲーム」は「ポスト・トゥルース」の時代に責任があるのかどうか、ということである』『ぼくは「ある」と思っている』って言ってるのか。これはゲーム→ゲーミフィケーションの向きだよな。よくわかんなくなってきた。
やっぱり終わり際見ると「ゲーム」と「ゲーミフィケーション」をかなりのレベルで同列に扱ってるので、俺が言うゲームとゲーミフィケーションの間の矢印の向きとかを著者は全然気にしてないのかも。同一だと思ってたら向きも糞もないので。
だとすると俺は、確かにある程度の類似性は見られるけど、そこまでのレベルで同一視されるものではなくないかな……という気持ちです。

例えば引用されてるAlfieの、右翼的なイデオロギーがゲームの歴史の間で大きな比重を占め、支配的だったことから、ゲーム文化は右翼へのオルグという働きを持ってたんじゃないの、みたいな話は「ゲーム」の話であって「ゲーミフィケーション」の話ではないですよね。
「ゲーム」「ゲーミフィケーション」はどちらも思想をオルグしうるようなパワーを持ったものである、というのはこの論の話の中では認めていいと思う。けれどその上で「ゲーム」が醸成してきた価値観の問題と、「ゲーミフィケーション」という熱病的な政治手法の問題は切り分けた方がよくないですか。


【「カウンターゲーミング」と「メタフィクション」―批判的ゲームの可能性】
ここで筆者がギャロウェイの言葉を語りなおしている(そしておそらくそれをさらに俺がやや曲解している)「ゲームのリアリズムって、単に現実を再現することではなく、プレイヤーが次第にゲームのインターフェイスを理解し、まるで機械のように最適化されていくなかでシミュレートされた世界に親しんでいくことなのでは」みたいな部分はなるほどなと思った。
ゲームの(カウンター的な)メタフィクションの目的を「戯れ」「突き放し(批判性)」「物語への再導入」の3つに分けるのも、まあ探せば例外がありそうな気もするけど筋の良い切り分け方なのではないかと思いました。

しかし「物語への再導入」による「アイロニカルな没入」が覚醒や批評性の行き場がないため、超克されねばならないものとして語られるのはよくわからない。批評の行き先がないのならば、それは一つの完成であるとして認めてはならないのか。まあたぶん俺の批評というものの存在意義のイメージが素朴に過ぎるんじゃないかなと思うんだけど。肌感覚として「次のものを作るための足掛かり」みたいなとらえ方しかできないんだよな。


【作品を乗っとる勲章―デジタルゲームの【実績】論】
面白かった。すげぇ雑に俺の言い方でまとめるなら、「もう実績って、ゲームに対して後付でお前はこれをやったよって教えてくれるだけのラベルじゃなくて、もっとゲームと一体になってしまっているよね」みたいな話です。


【ModderはCODEと戯れる―ゲームのアーキテクチャとMOD論】
これはMOD文化を全然知らない人が対象かもしれない。MODとかほとんど触ったことのない俺が読んでも「そうだよね」という感じの知ってる話を丁寧に説明してくれる感じだったので。丁寧に、というのは一見してわかる以上に偉い行為だと思うけどね。


【叙事的ゲームのインターフェース―そのボタンは有機的タイムマシンを起動する】
かなり面白かった。インターフェースに特徴的な使い方がみられる様々なゲームを取り上げながら、そのゲームの中でそれらのインターフェースはどのような役割、目的を果たしているのかを分析していく感じ。
素直なUI論みたいな話とはかなり違って、むしろそういう普通の使いやすいUIから離れたりとか、そういうUIの前提をゆさぶることでどういう効果が出るのかみたいな話ですね。



なんかすっげぇ反論してる奴みたいな感じになってしまった。なんというか、素直に面白かった部分ってあまり俺が言うことはないんですよね。ちゃんとその論自体を見てもらえばいいので。なので納得できなかった部分について書くことになってしまう。

comment (0) @ なにかを語る

知らなかったキャラクターの話

2019/02/24
知らない文脈のMADでだいぶ楽しい気持ちになった話です。

なんとなくこれを見てしまった後

https://dic.nicovideo.jp/a/風野灯織 とか https://dic.nicovideo.jp/a/parim@s で背景を知ってから






この辺見て笑っただけの話です。最後のやつはちょっと定型ネタわかんないと意味が分からないかもしれないけどかなり好きなんだよな。めっちゃ最終回のテンションでかっこいい声で助け求めてるだけなのなんなんだよ。
あとパーフェクトさんすう教室懐かしいなと思いました。以上です。

comment (0) @ 日々

VOCALOIDの話

2019/02/12
なんかちょっと前に観測範囲でVOCALOIDの話をしてるのを見て、何回か書こうと思って結局やめたりを繰り返してた好きなVOCALOID曲の話を今度こそするかという気持ちになりました。厳密にはVOCALOIDじゃないやつとかも含むかもしれません。
あとたぶんニコニコにしかないやつあるよなと思ってリンクをニコニコで統一しましたが、作業の途中でシークバーいじったら「ここから再生をはじめるには?」との表示が出てきて中途再生はできず、「答えはYoutubeを使う、かな……」という気持ちになりました。

・NOISY WHAMMY

マイゴッドPは結構好きです。1曲あげるならこれかなという感じ。B.O.M.とちょっと迷うけど。
どう好きかめっちゃ説明しにくいな。基本的には意味というよりはリズム優先の歌詞かなという感じがしますが、それでもなんとなくイメージの喚起があるところが好き。

・特殊ケース一般論

これはかなり歌詞のストーリーで聞いている感じがある。
前半は劣等感の歌なんだけど、後半で憧れの歌に変わって、でも「ああ、もう嫌」で終わるという。
フレーズだと「二つ目の要らないものを自慢げに配って満足ですか」のところはすごいなと思う。

・アンハッピーリフレイン

これもかなり歌詞で聞いてるかな。音も好きだけど。
リンレンカバーを張ったのは一時期こっちの方が好きだったからです。今はオリジナルのミクも好きだけど。
「どうやらあんたの姿が邪魔で」とか「なんだか不思議と報われないなぁ」とかその辺が好き。
これの後しばらくVOCALOIDからは手を引いていて、久々に出したのがアンノウン・マザーグースだったのもよいなと思います。

・ALYSS

これは歌詞というよりかなり音が好き。
なんかばねっぽい? びよんとした響きのある音が好きなんですがそういう音をなんと表現するものなのでしょう。

・深海シティアンダーグラウンド

サビの歌詞のイメージが好き。

・初音ミクの消失-劇場版-

これはなんか単体で好きって以上に、消失の話をあれだけこねくり回して、やっと「0」と「∞」で話を一応閉じたのに、それでもこれが傍流として出てくるってのがかなり好きなところではある。

・ネコミミアーカイブ

「君好みアーカイブ 惨敗もマージン」の単純さが好き。
自分もあっさり他人のアーカイブで書き換えて、敵は倒して、敗北もいつかの勝利のための支払いで、とにかく奪い取れればいいじゃん、みたいな。

・天使マディと最終電車

かなり歌詞のストーリーで聞いている歌。
負けたくて戦うというか、負けたけどそれでいいかと思ってるというか、なんかそういう話好きなんですよね。

・マインドスプラッター

「きみはひとりだ」→「降板した隣のレズリーメン、条件反射、そのひらめき、安物の匂いのワンピース」の歌詞の流れが天才。
ここで安物の匂いのワンピースって言葉出てくるのかなりすごいと思う。

・嘘っぱち

「誰かのせいにしたいようなことをいつまでも引きずってることすら、眩しくて醜くて空を切る、頭の悪さを知った」みたいな、弱さを拾い上げる歌詞を書くのが滅茶苦茶にうまい。
この人最近は歌詞も音もこのころから少し変わった気がしますが、どっちも好きです。

・ディカディズム

というわけでおんなじ人の最近の方から一個。
「苛立った幽霊が透明に透けて消えてった」とか、なかなか出ないフレーズだなと思います。
基本的によくそんなフレーズ出るなというような歌詞を書く印象が強い。

・Allgather

これはもう滅茶苦茶に音が好き。VOCALOIDの話するって言ってあれなんですけど、歌以前にインスト部分でかなり好き。
ただ歌ももちろん全体を引き立てていて滅茶苦茶恰好よい。

・DARUMA Rolling Incident

PVはめっちゃ楽しい。けどそこでふわふわした気持ちでなんとなく聞いてると
キャプション文の「あのニュースのずっとずっとずっと手前」にたどり着かされる。

・pomegranate crushed

プログレ系って言葉でいいのかな。単純に展開が多くて楽しいのが好きです。
あとそういうさんざん混乱した展開が終盤で答えにたどり着く感じもよい。

・ミルククラウン・オン・ソーネチカ

俺は真面目ちゃんが真面目にやってたけど報われなくてブチ切れたみたいなキャラクター好きだなという自覚があるんですが、そういう気配のする歌詞だなと思います。
「愛を説いて満足気な教科書の慣用句 禁じてください間違いでしたって」とかね。

・怪盗・窪園チヨコは絶対ミスらない

「絶対零度お見舞いするぞ 気になるあの子にはサイコキネシス」とか「絶対もう陰謀推定 ラブピース」
あたりの何とも言えない温度感が好き。

・ゆるふわ菩薩ガール

なんかずっと浅い悟りの歌みたいなのやった最後の着地が「今日も何食わぬ顔でお慕いしています」なのが好き。

・サヨナラエナジー

これなんで好きなのか説明できないな。でも好きです。

・R.I.P.ゴシップの海

暴走Pのこういう話題への触れ方は滅茶苦茶うまいなと思っています。
これにしろリアル初音ミクの消失にしろ、すごく露悪的に「嫌な話」で振りかぶるんだけど、どこかでエモーションにすり替えるんですよね。
この歌だと「かつて戦った悪友も」のあたりがそれだと思っていて、すぐに「なんちゃって」で取り消すんだけど、一回見せられたからその単純な嫌な話ではない部分が舌に残る。

・少女ケシゴム

なんかもうインターネットで百合の話するのダサくなっちゃったなと思いますが、「いや、それはね……、口出す前に ちょっとは約束守ろうか」とか「ああ 曖昧で勝手な理由と」とかの部分がそういう温度感として好き。

・ねぇ

「誰かが描いた線をなぞって色を重ねてみたって 絵描きにはなれない そんなのただの塗り絵さ」
「アレは違うコレも違う ソレは飽きたもういらない 今大好きなソレはいつ捨てる予定なの?」

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ケッホケホ人体 vs. びっちょびちょルーム

2019/01/31
俺は声のでかい(物理)オタクなんですが、そのせいなのかどうかはともかく喉よわよわパーソンで、1,2週前くらいからもうケッホケホ、ケッホケホだよどーしてくれんだマリコちゃんという感じになってしまったため加湿器を導入しました。

加湿器を導入した結果か単に日々が過ぎ去り快方に向かったのかはよくわからないものの段々と喉の調子がよくなってきてはいるんですが、代わりに一個大きな問題があって、もう部屋がびっちょびちょになる。

やっぱり外に面した窓の結露が本当にすごくて、結露を取った瞬間にすでに結露で曇り始めるのでびっくりしてしまう。結露側のリジェネの回復量が尋常ではない。俺のDPTでは結露に勝つことが理論的に不可能。

やっぱり内外の温度差がすごいがために窓の結露が大変なことになってしまうのでは……? とおもいエアコンをつけるのをやめてみたんですが、どうなったと思う? ふふ、空気の入れ替わりが減ったからもう窓だけじゃなくて部屋の壁全部がやや湿ってるの。ウケるでしょ? 泣いてしまう。部屋から出ようとしてドアに触れ、湿り気を知った瞬間のあの鮮烈な感情はややウケました。ややウケです。

おまけになんか加湿器ちゃんも放っておくと水垢とかがアレな感じになってくるのでお手入れが必要だし、もう完全に生活を加湿器に支配されている。俺が加湿器を使っているのか、加湿器が俺を使っているのか。プロデューサーさん、死ですよ、死! でもみくは自分を曲げないから……。俺はみくではない弱い人間なので自分を曲げるしwindowsが思い通りに動かなかったら「ンンンミナミィ!!!」と叫んでいます。アーニャちゃんには苗字設定がないらしいことを知りそれなりに驚いたのももはや半年くらい前の話です。死は常にそこにあり、グランブルーファンタジーではメメント・モリと叫びながら敵を殴る人間がいるので「そういうことではなくない?」という気持ちが生まれます。メメントモリ夫くんは最終上限解放されるとメメント・モリと叫びながらではなくメメント・ヴィータと叫びながら敵を殴るようになるらしいのですが、俺のプレイステーション・ヴィータは左スティックがお釈迦になっており、最終ダンジョンに至ったはずのテイルズオブイノセンスRが右方向にしか進めなくなって詰みました。今気が付いたんですがこのRってもしかしてRemakeのRじゃなくてRight directionのRだったんですかね。

以上、窮状報告でした。

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