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ひとでなしに救われる

2021/01/12


いや、この曲よかったなと思ったうえでいくつか話したいこと出てきたのでする話なんですが。

まず2:24にある「ツナが割れた」のコメントがややツボでした。
いや、確かにツナが割れてるんですけど、この動画見てて「ツナが割れた」ってコメントする必要ほぼ絶対ないんですよ。
でも、目の前でツナが割れてしまったし、たぶん我々ってあまりツナが割れるのを見たことがないので、見たものすべての名前を呼びたがる幼児のような無の気持ちで「ツナが割れた」ってコメントしたと思うんですよね。

で、それはいいや。別の話バイザエイです。
自分は結構ボーカロイド好きで、そこにはなんかたぶん文化圏としてのボーカロイドを好いていた気持ちもあるだろうし、単純に機械音声が割と好みに合うというところもあるんだけど、一つ大きなところとして、ひとでないからすき、というのも結構な比重である。

申し訳ないんですけど、この歌たぶん俺は人間が歌ってたらおぇってなっちゃうんですよ。
人間の声には生身に根差した生臭さがあって、それがいきいきとした躍動として感じられることももちろんあろうとは思うのだけれど、俺にとっては生臭さで終わることが多い。
生身の声を聞くと「お前もその主題にからめとられうる人間風情なのに、いったいどこの高みからしゃあしゃあと歌っているのさ」みたいな感情がぬぐえない場合がままあるんだけど、初音ミクなら存在しないからどれだけの高みまでもいける。生きている人間はいないものには勝てない。まあこの曲初音ミクじゃなくて結月ゆかりなんですけど。(あんまりベタなゆかり調声じゃなくてちょっと驚きますねこれ)

この話一番わかりやすいのたぶん冒頭に張ったやつじゃなくてピノキオPの「内臓ありますか」なんですよね。
この世を俯瞰で見渡しても 肉体はジャンクフード食べる


でもいま話したくなった理由は冒頭の曲だったんで冒頭の曲で話をしました。終わりです。

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CMの子

2021/01/04
いや、テレビでさっき天気の子やってたじゃないですか。見てたんですけど。
他の映画を友人と一緒に見る会と被って俺だけ二作同時視聴になったので視聴態度としては最低なんですが、まあそれは置いといて、あとたぶん散々語りつくされた作品だと思うんで、あっさい知見晒してどっかに既に存在してるメタデッキで殴られそうなのがだいぶ嫌なのも置いといて言いたいんですが、間に挟まれるCMと終わりに協賛を出すために切り貼りしてつくられた「10秒でわかる天気の子」映像のさわやかさがすげぇ怖かったし、なんならこれたぶん怖いことわかったうえでCMも含みこむために(バニラトラックのような演出の一環として)やられてるんじゃないかとか、とにかくなんかもう怖かった。

どういう表現すればダサくならずに済むのかあんまりわからないんですけど、この話って明らかにやんわりと社会を見放してるし、やんわりと社会に見放されてる話じゃないですか。けどこの映画って大ヒットしたし、何ならたぶん君の名はからの流れ的にそもそも大ヒットさせなきゃいけなかったと思うんですよ。社会に受け取ってもらわなきゃいけなかった。たぶん。

で、どうするのかというと多分あのラストの協賛企業の名前とともに流れる「10秒でわかる天気の子」なんですよ。よくわかんないけど綺麗な景色の中で少年と少女が結ばれて、大丈夫だって言って結ばれる、くらいのさわやかなストーリーとしてのアウトラインだけ提供する。
CMの映像とかもかなりそのくらいの温度で誤魔化してるんですよ。いや、マジでこの話のキャラクター使ってバイトルのCMやるのかなり正気じゃなくないですか? 劇中でも穂高君がバイトルでバイト探すシーンはあって、確かにあのシーンまで行くともうある程度折り合いついてるんで、別にバイトルは「どうにもならない社会のひとつ」とかではないと思うんですけど、でもこの話でバイトルのCMやる?????? この話から「仕事を探して新しい未来に進もう!」みたいな雑なキャッチコピーで回していくことになるこの世のシステム自体が怖いんだけど、でもそういうシステムからの疎外感って、この話の中で描かれてたもののひとつだよね、みたいなところもあって「いや、これは逆にうまくやってるのか……・?」みたいになるの難しすぎる。

セカイ系うんぬんみたいな話で行くと、陽菜ちゃんに犠牲を強いる人間が存在しないのが形として面白いよなと思いました。結局晴れ女を信じたのは個々の利用者という個人まででしかなくて、例えば警察とかのシステムは晴れ女という機能を理解しないし、別に穂高君も説明しようとしないんですよね。なのでストーリーライン見るとちょっと変な気持ちになるけど(晴れにするために陽菜が消えたって説明しても、頭おかしいと思われるのはそんなの当然じゃんという気持ちは抱くよね)、たぶん話の構造的にはこれであってる。
セカイ系って一時期「個人が直接セカイに接続して~」みたいな定義とか与太とかがあったと思うんですけど、この話ではなんかこう、形式上はつながりつつも(二人の選択は東京を沈めた)、精神的には実はセカイに接続できてないんだと思う。家が沈んだおばあちゃんの話とかわかりやすくて、雨を非難せず「それはそういうものだ。個人が請け負うものではない」と寛容するじゃないですか。ゼロ年代評論風?に言えばセカイとキミを天秤にかけ、キミを選んでセカイを取りこぼしたはずなのに、実はセカイが破壊されていない。異常気象による死は(もちろん単なる省略ではあるんだけど)描かれない。
陽菜がセカイのために一度消失する部分でも、そもそも誰も強制していないし、別に陽菜のセカイに対する思い入れが描写されたりもしていないのに、陽菜は消える。セカイを守るためにという目的が強く前景化されないままに一度目の決断はなされて、やはりそこに個人VSセカイという色は、その選択が東京と沈めるという物理的作用の大きさに比して、精神的には明らかに小さいつながりしか持っていない。
それと対になるように、たぶん一応セカイの側としての役割を担ってるだろう警察とかは陽菜の能力を認識しない。とにかくどこまでもすれ違っているというか、他人なんですよ。
個人とセカイが直結しきらず、なんか同じ電車に乗り合わせたくらいで終わってる。いや、別にお互い邪魔したくはないから変に肩とかぶつからないように気をつけはするけど、かといってお前の人生に責任持つわけにはいかねぇからな、みたいな。

謎の力で物理的にはセカイと直結したとしても、私たちはセカイにコミットすることはできないという諦念がある、みたいな言い方するのがそれっぽいかな。晴れ女としての活動でセカイに物理的影響を与えても、その結果って依頼人の笑顔とか感謝みたいな、個人に終始するんですよね。例えば洪水を止めるために晴れにする話とかがない。陽菜はおそらく人の笑顔を見たりしたいだけで、セカイをよくしたいとは全く思っていない。

で、こっから先はかなり俺個人の「この世界はゴミ」という気持ちに引っ張られた感想になるんだけど、たぶん陽菜ちゃん的にもセカイはゴミだと思うんだよね。15で年齢偽って働かなきゃいけない生活をわざわざ望むようなキャラクターではないでしょ。生来的な感覚としてもう「セカイは何もしてくれない、救ってくれない」という感覚があるから、セカイをよくする動機がない。だってセカイは自分に何もしてくれないから。穂高君の序盤の東京の描写とかもすごくそういう匂いに満ちている。
ホテルでの穂高君の「これ以上何も足さず、何も引かないでください」という祈りも、つまりは「セカイに関わるといいことなんてない。だからとにかく、自分たちに触れないでください」というさっぱりとした諦念として読むことも可能じゃないですか。

なんというか、そういう「この世界はゴミだし、関わろうとしてもいいことないよね」みたいな感情をゆるやかに肯定しつつも、その中で「大丈夫だ」と逃げて終わってくれるこのお話のスタンスは、たくさんの人が正しく努力して世界を一歩前進させるような気持ちのいいストーリーなんかよりは俺にとって心地よかったなぁという感覚と、そしてよくこの感覚をここまできれいに切り取ってくれたなぁというちょっとした喝采に近い気持ちがありました。

ストーリーが特別面白かったとは思わないんですけど、物語としての立ち位置が面白いと思います。公開時期にインターネットがざわついてたのに今更納得感を得ました。映像的にどうとかはアンテナが弱いのであまり言えることがないです。
終わりです。

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この宇宙は食べられないよ

2020/10/16
マリオギャラクシーにキレた話です。
いや、マリオコレクション出たじゃないですか。昔おそらく途中で投げ出したサンシャイン触りたくて買って、サンシャインクリアして満足して、じゃあつづけてギャラクシーやるかーって思ってやったんですけど結構、その、かなりアレじゃないですかギャラクシー……?

まず視点が終わっている。第二に視点が終わっている。三四がなくて、五もないです。
なんか視点操作ってさせなくていいならさせないですむほうが快適なはずだよねって話からあまりカメラ操作を触らせない(触れない)つくりにしたらしいんですが、自動のカメラがかなり終わってる。

そもそも3Dのアクションゲームって難しいところがあって、画面って二次元なので奥行き方向は間接的な理解を得るしかないわけじゃないですか。で、それが無理だったらカメラを動かして二つの二次元情報貰って三次元にするわけじゃないですか。でもそのカメラ操作をさせてもらえないし、おまけにありえない方向を向いているステージがある。
水中ステージのカメラとかかなり最悪で、そもそも水中なので方向感覚を失いやすい(地面の構造物などがないので奥行き情報を間接的にもらえる手掛かりが少ない)のに、水中だから泳ぎ操作になっててマリオの操作がやや不自由で、カメラはその不自由なマリオにこれまた意味不明な角度で追随していくので本当にこの世の終わり。
反対側の足場に飛び乗ろうとスティックを倒しながらジャンプしたら空中で自動カメラの向きが急に変わり横方向に進もうとしてることにされて死なされたのはかなり鮮烈な体験で、怒りのままに任天堂の倒し方をググりました。明日グリーに聞きに行く予定です。

なんかギャラクシー要素も意味不明なんだよな。箱庭ステージだと人が迷ってしまう→ステージを惑星的な球場にしてしまえばどこまでも進むことはできずいつかスタート地点に戻ってしまうから迷うことがなくなる! 天才! みたいな発想だったらしいんですが、シンプルに馬鹿じゃないですか? 惑星のひとつに地球ってやつがあるんですけど、俺は地球の上でしばしば道に迷います。なんで球状にしたら迷わなくなると思ったんでしょうか? いや、まあ見当違いの方向に進める距離が無限じゃなくてリミットが設けられるからいいよねって話なのかなとは思いはしますが、それ意味あります? 結局どこに進むかわからなかったら球状だろうがなんだろうが普通に迷いますし、カメラワークがゴミなので惑星の裏に張り付いたときにマリオがさかさまになって操作がわやになるのかなり腹立ちましたよ。

まあ全部が全部この世の終わりかといえば面白いステージもあるにはあったので、まあ……といえなくはないけど正直ギャラクシーはトータルでややマイナスではという気持ちです。お前何回キラー誘導させるんだよもういいだろというげんなり感もかなり記憶に残っています。

サンシャインは楽しかったですね。やっぱり惑星より恒星ですよ。明日から太陽に住みます。終わり。

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アンナチュラルを見た

2020/08/09
アンナチュラルを見ました。
個人的な好みにハマりきりはしませんでしたが、よくできてるし面白かったです。
以下ネタバレ含みつつ書いていきます。


なんというか、世にも奇妙な物語のスペシャルとかでSNS使ったネタやる時のダサさあるじゃないですか。無理な"現代"感というか。あのダサさのない現代風の空気感を全体的に感じて、そこは上手いなと思いました。
第一話とかわかりやすいかな。雑な"現代"をやる話だと下手したらあのSNSでバッシングが広がってく感じのところ描いて満足して終わっちゃうかもしれないじゃないですか。でもこの話はその奥にもう一個真相があって、それってつまりあのバッシングが広がっていく部分は「ただそうあるもの」くらいの自然であって、もはやわざわざ描こうとするものじゃないって感覚なんだと思うんですよね。

ああ、あといじめの描写とかも上手いなと思いました。いわゆるいじりとしてギャグを強要されるシーンがあるんですが、そのギャグがぎりぎりちゃんと面白いんですよね……。なんというか、そこでめちゃくちゃ寒い、ただただみじめなだけのギャグを強要させられる方が描写として直接的でわかりやすくはあるんですよ。けれどそれは記号的過ぎる。記号を記号としてのみ認識するんじゃなく、その記号を提出するためのディティールをちゃんと組み立ててるのは偉いと思いました。

あと坂本さんは一見あまり役割を持てていないんですが、あれはたぶんこの話の中でかけてしまった視点を補う役割だと思うんですよね。こうした物語の中で許されてきた、中堂さんみたいなキャラクターとしての傍若無人が受け入れられるラインがおそらく下がってきてて、ああした傲慢さを野放しに描くことはもう感覚としてズレ始めている。だから坂本さんによる非難を入れることでバランスをとっている。
そのほかにも六郎君に対する穏やかな棘を感じる「きみ、育ちよさそうだもんね」のひとこととか、この話の中で欠けた視点に対してぎりぎりのフォローを入れつつ、演者自体のキャラクターも手伝って愛嬌のあるおじさんキャラに収め切って、それゆえにそのあたりに切り込みすぎずに(≒物語のリソースを吐きすぎずに)逃げ切ってるのは巧みだよなと思いました。

この作品のフェイタルムーブ、決め技は基本的には米津のLemon流しながら「被害者のささやかな温かい幸福」と「それが犯人の身勝手で壊れていく過程」をカットアップした映像を流すというやつなんですが、まあ性格悪いよな……。この性格悪いは効果的だよね、くらいの意味なので誉め言葉です。
4話のやつとかもはや露悪的といっていいほど最悪ですよ。一緒に見れなかった花火なんだけど、それでも喜んでいた、きれいだと思えていた。だけどそれは簡単に踏みにじられる。
糀谷さんの絵本の内容と彼女の死体の発見状況の対比とかも含め、とにかく残酷な対比をかなり絵的に見せてくるんですよね。

あとは毎話構成しっかりしてるなぁ……と感じる。ただあまりにキレイにテーマに収束しているのでやや人工的にも感じられちゃうかも。それを悪いとは思いませんが。

8話の「遥かなる我が家」とかわかりやすいですかね。帰る場所としての家ってテーマで、焼死事件とミコトにとっての家、そして六郎にとっての家≒父親の話、それと帰れない遺体の話がうまく重なりを持って、ラストの六郎の「帰れたんだ、よかったぁ……」という複雑な泣き笑いの表情に繋がる構成のきれいさとか。

ただその8話と最終話付近のリンクはなんというか構造をきれいにしようとしすぎではという感じがある。たぶん「ポッと出の真犯人」を避けたかったんだと思うんだけど、そこの偶然は物語上必要がなかったでしょ……。

正直なところ最終話付近はちょっと微妙なんですよね。正直この作品のうまさは単話内での構成のうまさだよなというところがあって、もちろん全体のストーリーラインはあるし、中堂やミコトの大枠のストーリーについてはたびたび各話で掘り下げられていくんですが、その機能の仕方が単話的なんですよね。
なんというか、各話でこまごまとした描写を積み上げて大きなストーリーを作り上げるという向きじゃなくて、大きなストーリーによってキャラクターのバックボーンに重みが出て、そのキャラクターがバックボーンと呼応したセリフを述べることによって各話に厚みが出てくるという向きで使っているように見える。
だから最終話付近って、ある意味で知ってるバックボーンについての消化試合みたいになってしまっている。もちろん最終決戦なのでそれ相応の盛り上がりがありはするものの、それまでの話にあったような構成的なうまさは少し欠けているように思えました。

あと葬儀屋さんのキャラめっちゃよかった。終わり際のあの死体処理まで普通に引き受けようとするのは流石にお前いったい何なんだよと思わなくはなかったけど……。
脇キャラをこういう異常者にしとくとああいう風な使い方でリアリティをジャンプできつつ、脇キャラなので作中のリアリティラインをぎりぎり壊さないで済むので実はめちゃくちゃ便利な技なんじゃないかなと思った。

あとBGMがサスペンスドラマとしては結構独特でしたよね。あのコーラス入るやつとか。慣れるまで不思議な感じしたけど慣れたら結構よかった。

終わりです。

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ローション侍

2020/07/12
ローション侍というゲームを遊びました。
というか、前に遊んでいたんですが、最近アプデが入ってもう一回遊んで改めて面白いなと思いました。

https://store.steampowered.com/app/1291370/_/?l=japanese
スチームのストアページの動画見てもらうのが一番わかりやすいと思うんですが、シンプルなルールのスピーディーな2Dアクションという感じでかなり良くできています。
この信長はローション侍なので、壁を蹴るとめっちゃ滑ってスピーディーに動けるんですが、壁の近くにいないとぬめって歩けないので動作がめちゃ遅いんですよね。だから素早く敵の間を駆け抜けるには、地形を見ながらルートを考える必要がある。適したルートできれいに動けた時のスピード感は本当に気持ちいい。

アプデで追加されたEX面のラストがすげぇ好きで、最後は本能寺の変で光秀と戦い歴史を覆すんですね。ただこのステージが全四面構成なんですけど、光秀戦が4面じゃなくて3面で、4面は光秀を倒した信長が本能寺を後にするためのステージなんですよね。この構成にはシビれてしまった。

普通にめちゃくちゃ面白かったんでおすすめです。200円分は絶対楽しめる。
オンラインスコアボードあるので極めた侍のタイムに驚愕することもできます。おすすめ。

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